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【2019年9月19日放送】[カイハラ]世界が認めるメード・イン・ジャパン 失敗から宝を生み出す地方メーカー

新しいヒット商品を百発百中で生み出すことはムリでしょう。なので失敗はつきものです。が、企業にとって、失敗はしたくないもの。なので、避けようとする。するといつまでたっても新しい商品が生み出せないということになりがちです。失敗することが重要なわけです。失敗の容認こそが企業の力になる。しかし、それよりさらに上の次元があります。それは、失敗する仕組みをつくることです。今回のカイハラはまさにそれ。今回のテーマは失敗の仕組み化です。

■デニムの生地で世界的オンリーワン企業

カイハラは、BtoB企業なので一般的な知名度はあまりありませんが、ジーンズ好きの間では有名なデニムの生地メーカーです。あのユニクロも、圧倒的な品質、技術、特に染色の技術が素晴らしく、味があると絶賛し、生地がカイハラであることを明示しています。リーバイスも色落ちがいいと言い、世界的にも高い評価を得ていて、国内シェアは50%、世界30か国にデニム生地を提供している企業なのです。このオンリーワン企業はどのようにして生まれたのか?

■経営危機に染色技術でジーンズへ

創業は1893年。現会長貝原良治さんの祖父が絣(かすり)製造を始めたのが始まりです。当時から戦後ぐらいまでは絣はもんぺなどに多く使われ、カイハラも好業績だったと言います。特に、染色の技術の評判が高く、戦後絣の染色機を自社開発するほどでした。染色はカイハラの最も重要な強みだったと言えるでしょう。ところが、1960年代になって絣の需要は激減した。これで経営危機に陥ります。当時繊維メーカーに勤めていた現会長の貝原さんも呼び戻された。立て直しが始まったのです。

貝原さんが目を付けたのがジーンズでした。当時若者の間でジーンズが大きなブームになっていた。「これからはジーンズの時代が来る」。そこで、デニムの糸の染色から始め、やはり独自の染色機の開発に取り組みます。7か月の試行錯誤の後、1970年に国内初の「ロープ式染色機」が完成します。絣のときもそうですが、独自で染色機をつくるのと、既存の染色機を使うのとでは、おそらく大きな違いがあるんだと思います。既存の染色機ならその仕様の範囲内でしか染色できないでしょう。しかし、それで満足できないということがあり得る。もっとこうすればいい染色ができるのに、もっとこういう方法を使えばいい色が出るのにといったことがあり得るわけです。ならば、自分で染色機をつくる以外ない。逆に言えば、染色機をつくったということは、染色に抜群に詳しいということを意味しているのではないか。染色の勘所が分かっているからこそ、自分たちで染色機をつくれるわけです。

■強みゆえの挑戦が失敗を生む

染色に詳しい、染色技術が高い、この基盤となる強みがなければジーンズには行けなかったでしょう。この強みがあるから、ジーンズを染めるとなっても染めのポイントが分かったんではないか。だから、「それならデニムも染色機からつくろう」となったんではないかと推察するのです。強みこそが次の果敢なる挑戦を可能したと言えるでしょう。こうして「ロープ式染色機」が完成したわけですが、この3年後に、アメリカのリーバイスと取引が始まります。日本に買い付けに来たリーバイスの担当者がたまたま見たカイハラの生地のすばらしさに驚いたのがきっかけになったとのことです。強みがこの品質を生んだと言えるでしょう。

強みは企業に挑戦を促します。強みがあればこそ、その強みを生かしたくなり、それで挑戦したくなる。強みを持つということ、自社の強みを明確に自覚するということは、成長企業に不可欠なことでしょう。そして、この強みゆえの挑戦によって、実は失敗も生まれるわけです。挑戦するところに失敗もある。むしろ、強みに裏付けられた失敗だからこそ、次のための重要なステップになるのではないか。失敗を避けたり、嫌ったりした挙句の追い詰められた失敗なら、ただのマイナスでしかないでしょう。しかし、強みゆえの挑戦が生んだ失敗なら、それは未来を切り開くのです。強みはプラスの失敗を生む原動力と言えるでしょう。

■機能性デニムへの挑戦

さて、1990年に貝原さんが社長に就任。1991年からデニムの一貫生産に入ります。染色だけでなく原綿から糸を作り、染め、生地を作るその全工程を自社で一貫して行うのです。業界一般では分業なんだそうです。なので一貫生産は異例。でも貝原さんは言います。「お客さんのことを考えたら、いいもの、満足できるものを供給する」「一貫生産をやることが生き残れるチャンス」。そして1998年からユニクロとの取引が始まり、業績もさらに伸びていきます。しかし、2000年代に入ってデニムは飽和状態に。その中でユニクロからヒートテックジーンズの話が来ます。簡単ではなかったようですが、ヒートテックをベースにまったく新しい暖かいデニムを開発し、「こんなのほしかった」という消費者によって大ヒット。こうして機能性デニムを強化していくことになるのです。

■失敗は仕事の一部

現在では、こうした新たな生地サンプルの開発は、撥水加工デニムや燃えないデニムなど、年間800種類になるといいます。そのうち製品化されるのは3割ぐらい。7割は失敗。それらは「ゴミ部屋」と呼ばれる倉庫に保管される。現在そこには5000種類のサンプルがあるといいます。何か新しい要求が来るかもしれず、役立つ可能性があるので保管しているんだそうです。この「ゴミ部屋」は本当に象徴的だと思います。「ゴミ部屋」があるということは、つまり、失敗していいということなのです。口だけで「失敗してもいいよ」と言っているのではない。失敗生地サンプルが保管される場所がちゃんと用意されていることによって、失敗するということが業務プロセスの中に組み込まれているわけです。自然発生的に生まれたものかもしれませんが、物理的に部屋をつくることにより、失敗を業務化してしまう。失敗は仕事の一部と化すのです。

■失敗から新しいものが生まれる

しかも、整然と保管されているということは、次の活用可能性を想定しているということです。何か新しい話があったとき、失敗サンプルの中でヒントになるものを取り出し、それを再利用するということでしょう。ということは、失敗が再び活用されうるということも、この「ゴミ部屋」の存在は明確に示しているのです。失敗は失敗で終わるのではない。失敗から何か新しいものが生まれるかもしれない。失敗も何らかの潜在的価値を持っている可能性がある。そうした可能性が「ゴミ部屋」の物理的存在によって保証されているのです。

■失敗から学ぶ企業文化

こうした「失敗奨励装置」によって、失敗に対する積極的な社内文化が醸成されるのではないかと思います。それは貝原さんの言葉からもうかがわれます。「常に新しいものをマーケットに送り込む。カイハラは世界で一番失敗している会社。そういう蓄積があって新しいものが生まれる。値段と量で競争しても世界では絶対勝てない。失敗から学ぶことはたくさんある」。失敗の蓄積が新しものを生む。それを物理的に示しているのが「ゴミ部屋」なわけです。

【結論】失敗の仕組み化こそが企業の命運を握る

こうして見てくると、カイハラでは失敗が仕組み化されていることがわかります。まず「強み」という、失敗を絶えず生み出すエンジンがある。そして、「ゴミ部屋」という物理的存在が示すように、失敗が業務プロセスに組み込まれている。さらに、それらと相乗的に失敗を評価し促進する企業文化が醸成されていく。これらが総合されることによって、失敗はいわば一つの仕組みとなっているのです。これによって、失敗からの創造が高速に繰り返されることになり、斬新な製品が次々と生まれ、世界的な評価を勝ち取ることにつながっていくわけです。失敗を恐れるなといくら掛け声をかけてもリアリティがない。新たな価値を生み出すために、失敗を仕組化することこそがこれからの企業の命運を握っているのではないでしょうか。

 

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