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【2019年8月15日放送】[満寿屋]十勝産の食材で農家と共存!地域密着型のパン屋さん

事業を推し進めるとき、本当に必要なものは何でしょうか。売上目標や利益目標か。理にかなった戦略か。今回の十勝のベーカリー満寿屋を見る限り、単にそういうものではないことがよくわかります。一言で言うと、経営者の「こだわり」なのです。何としても実現したい、何としても諦められない、そういう尋常じゃないとでも言うべきこだわりこそが、事業の底力になる。今回は「こだわり」がテーマです。

■十勝の小麦でパンを作りたい

満寿屋は1950年創業。現社長杉山雅則さんの祖父が東京でパン製造の修行をして帯広の駅前に店を開いたのが始まりです。丁寧なパン作りで店は繁盛したと言います。その息子、現社長の父健治さんも東京の大学を出たあと東京で知り合った妻輝子さんとともに店を継ぎます。夫婦で盛り立て1日2000人のお客さんが来る道内屈指のパン屋になりました。

この健治さんに絶対譲れないこだわりがありました。当時パンはほとんどが外国産小麦で作られていました。日本で栽培されている小麦は多くがうどん用で、パン用の小麦はほとんどなかった。国産小麦ではおいしいパンはできないというのが業界の常識だったとのことです。ふつうならたぶん疑いも持たないでしょう。しかし、健治さんは違った。十勝で生まれ育った健治さんの前には豊かな小麦畑があったのです。なぜこの小麦畑の小麦でパンが作れないのか。どうしてもおかしいと思った。息子の雅則さんによれば、夜健治さんはお酒を飲むと必ず十勝の小麦でパンが作れないのはおかしいという話をしたのだそうです。「なんとしてもやってやる」と、寝るまで言っていた。

■熱意

人間というものはやはり生まれ育った土地に根差すものなんだな、と思います。健治さんもそうだったんじゃないか。十勝への愛着が人並みではなかったのでしょう。そんな折、帯広の農業試験場でパン用の小麦が開発されます。そこで健治さんは農家の人たちを集めてパン用小麦を栽培してくれるよう頼みました。しかし、うどん用小麦を作っていれば問題なく利益になる農家にしてみれば、わざわざ売れるかどうかもわからないパン用小麦を作る理由はありません。当然反対されます。健治さんは種も自費で買い、しまいにはトラクターまでそろえたと言います。中にはパン用小麦を作ってくれる農家もあったようです。当時を振り返ってその農家の人は「熱意ですね。熱意にほだされました」と。

■難しいことをやるから面白い

さらにパン作りそのものもやり直す必要がありました。外国産小麦の製法ではうまく膨らまないのです。その試行錯誤に2年を費やしたと言います。しかし、そんな格闘をしているうちに健治さんはがんに侵されます。病床の健治さんは輝子さんにノートを示しながらパン作りのレシピを伝え、後を託します。病床にあっても頭から離れなかったのでしょう。しかし、1992年、44歳で亡くなります。死を前にしても十勝産小麦でパンを作るという思いは全く衰えることがなかったようです。健治さんは「それは難しいのではないか?」と言われたとき「難しいことをやるから面白い」と答えたと言います。そして、「ただがパン、されどパンなんだ」とも。大きな世界から見ればパンは小さなことかもしれない。しかし、そこに自分が信じる価値を思いを込めて注ぎ込む。それは起業家に共通する生き方ではないかと思います。

■父から息子に流れ込むこだわり

健治さんの後は輝子さんが継ぎ、健治さんの遺言としてさらに農家の人たちにパン用小麦の栽培を頼んでいきます。息子の雅則さんは当初は後を継ぐ気持ちはなかったようですが、パン屋でアルバイトをしたことで転機が訪れます。焼き立てのパンを喜んで買っていく人たちを見て、パン屋はいい仕事だなと思うようになります。そこで、アメリカ留学し、帰国後有名ベーカリーで修行後、2002年に満寿屋に入社します。

入社したときの十勝産小麦使用率は10%。雅則さんも農家を回りました。回ってみると、どこへ行っても父健治さんの話が出てきたと言います。「3時間も小麦の話をした」といったことを聞かされているうちに、雅則さんは父と一緒に仕事をしている実感を持つようになりました。健治さんの熱意がいかにすさまじかったかがわかります。十勝のいたるところにその熱がしみわたっていて、それが雅則さんに逆流してきたのです。このとき、健治さんの思いが雅則さんの骨の髄にまで浸透したんじゃないでしょうか。

■すべて十勝産へのこだわり

雅則さんは小麦を作ってくれる農家にパンを配りその価値を知ってもらう努力をしました。新品種も次々と開発され、十勝小麦への切り替えが加速し、スムースに進んでいきました。2007年に雅則さんは4代目社長に就任。2012年十勝産小麦100%を達成します。健治さんのこだわりが隠れたパワーとなってすべてを加速させていったようにも見えます。鍵は地元です。雅則さんは言います。「地元のものを食べると体も地元の資源とつながっていく。そういう人間らしい心地よさ、豊かさを伝えたい」。「地産地消することにより、地域の農産物の価値が上がり、農家のモチベーションが上がり、地域の中で地域を大切にやっていくということが事業を魅力的にする」。いまや小麦だけでなく、イースト菌や天然酵母、チーズやあんパン用の小豆、砂糖、カレーパン用の牛肉や玉ねぎまでも十勝産と言います。

■地元への愛がこだわりとなって事業を生み出す

雅則さんは十勝に「麦音」という東京ドームのグランドぐらいの面積のベーカリーを、農業をテーマにしたプレイランドとしてオープンさせたあと、2030年十勝パン王国計画を始動させています。「十勝産小麦が日本一のパン用小麦のブランドになり、そこに日本一のおいしいパンがあって、そこに暮らす人たちが幸せでいるのが「十勝パン王国」」。さらに、その豊かさを世界に発信していきたいと言います。そして、これはすごいと思ったのが、循環型農業です。十勝には有名なばんえい競馬があります。その馬につかった麦わらでたい肥を作る。そのたい肥でマッシュルームを栽培する。その菌床を肥料にして小麦を栽培しマッシュルーム入りのパンを作る。その小麦を再び馬の麦わらにする。こうして循環するわけです。地元をこよなく愛する健治さんのこだわりが、雅則さんによってこうしたスケールの大きな事業を生み出すことにまでつながっているのです。

【結論】強いこだわりこそが事業を創る

事業をやっていくうえで、こだわりは本当に重要だと思います。いや、不可欠でしょう。健治さんを見ても分かるように、初めは思うようにいかない。もし、こだわりがなければ、すぐに嫌になるかもしれません。何としても実現したい、何としても諦められない、何としてもやってやる、そういうこだわりこそがひとを動かし、現実を動かしていく。そこにあるのは人をとらえて離さない「価値」だと思います。健治さんの場合にはそれが土地の人々の間に深くしみ込んでいて、息子の雅則さんに逆流した。事業は美しい理念や整然とした戦略だけでは動きません。土の中を這うような強いこだわりこそが事業を創るんだと思います。

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